<足柄峠>
弘安五年九月十八日、池上に到着

 

 駿河の国に入って、最初の峠が足柄峠である。
 足柄山の最高峰は、標高1213メートルの金時山で、平安中期の武将・源頼光に仕えた坂田公時が、幼いころに熊と遊んだ伝説が残っている山だ。
 足柄峠は、古くから官道として開かれ、醍醐天皇の昌泰二年(899)九月、上野(群馬県)の碓氷峠とともに関所が設けられた。
 足柄峠からの富士は、雄大の一語に尽きる。峠と富士の間に山がなく、両袖にも山がないため、富士の全容が一望できるのだ。
 早暁、足柄峠に立って富士を見る。
 薄明かりの空中、巨大な紫水晶の富士が浮かぶ。東天に日が昇り、頂上が紅に染まると、やがて紅は徐々に下降する。そして、全体が深紅に染まって、富士が目覚める。
 八合目あたり、横一線に雲がわき出したかと思うと、見る間に濃くなっていく。その雲は羽衣となって、富士を美しく着飾るのである。
 足柄峠を越え、矢倉沢に出て、狩川に沿って下っていくと、そこが関本だ。ここからようやく山道が切れ、平坦な道となる。
 身延を出てから八日目、関本から平塚へ。翌十七日、平塚から瀬谷(横浜市)に向かう。
 九月十八日、瀬谷を立った日蓮は、同日午の刻、武州池上(東京都大田区)の池上宗仲の屋敷に到着した。
 池上は、池の上手、小高い丘陵の意であり、池の名・洗足は、日蓮が旅の足を洗ったことに由来するという。

 

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(池 上)


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